夕方の空港は混雑していて、一目で参加者と分かる人ばかりだった。
ゼッケンを取りに奥武山公園の武道館にゆいレールで向かう。
地元の学生が対応している。地域をあげてのイベントだと感じた。
その後、5人で食事をした。
自分以外は酒も飲んでいたが、僕は飲まないと決めていたから控えた。
ホテルは皆バラバラだから、明日の健闘をお互い伝えて別れた。
当日は、県庁前の駅から会場まで、ゆいレールは使わずに歩いて向かった。
小雨が降っていた。この時点で天気予報では最高気温27℃となっていた。
雨が降るなら降ってくれ。そう思っていた。
しかし雨は止んだ。
昨日まで気温10℃以下の地域にいたからなのか、気温に身体が慣れない。
不安な気持ちのままスタートした。
5キロほど走ったが調子が悪い。暑くて脚が出ない。
夏のランニングのようにノロノロペースにしかならない。
我慢して走れば調子上がるかもしれないと期待もしていたが、とにかく暑くて辛い。
走りながら考えた。不調なのは何が原因か。
脚の痛みは無い、腹の痛みもない、朝食は多めに食べて腹は張っていて苦しいがこれは徐々に解消されるのではないか。
不調の原因はやはり暑さでしかない。
10キロ過ぎて、かなりきつくなってきた。
給水は混雑していたが、取らないと危険だと思い、こまめに取った。
気温は上がり、ますますキツくなり、15キロ過ぎて歩いてしまった。
フルマラソンでこんなに早く歩いたのは10年以上やってて初めてのこと。
これではとても42キロは走れない。
リタイアが脳裏をよぎる。
年に一度のフルマラソンで、準備して、沖縄まで来て、リタイアするのか。
走りながら、歩きながら、葛藤が続いた。
救急車を5台くらい見た。倒れている人を何人も見た。
タイムリミットは号砲から6時間15分。
どうしたらいい?
今できることはなにか?
とにかく後頭部を冷やす。
水分は取る
ゆっくりでも走る
頭がぼーっとして来たら歩く
とにかく1キロ、後1キロ、次の1キロ、と1キロづつ超えていく事にした。
目標は時間内に完走。歩く事もやむなし。
沿道の人がホースで水を掛けてくれた。体温が下がり、少し楽になる。
違う人が氷を袋に入れて配ってた。かちわり氷。これを帽子の中に入れる。後頭部を冷やす。
水は2杯とり、1杯は飲みもう一つは頭からかけて後頭部を冷やした。
幸いな事に自主的に水を振舞っている人が大勢いて、これに救われた。
公式エイドだけでは全く足りないから救われた。
後頭部を冷やす作戦は徐々に効果が出始めて、35キロ過ぎてから少し走れるようになって来た。
もうタイムは関係ないから、無理しないで、走って、歩いて、熱中症が悪化しないようにした。
5時間半でゴールした。
リタイアしなかった事に驚いている。
以前走ったタートルマラソン以来の地獄を見た。しかもフルで。
後でわかった事だが、参加した29975人中、完走率は52%だった。ほぼ半数がリタイアしたという。
本日の那覇の最高気温28.2℃
これは12月としては1914年以来の観測史上、最高気温の更新をした。
実に102年ぶり。
なぜこの日が大会の日なのか。
両足の親指の爪が死んだが、後は筋肉痛があるだけなので、ダメージはこの程度は仕方ない。
今回の経験ははいい勉強になった。