マンデーモーニング

7月の3週は地元の夏祭り。

いまから20年前は大変な賑わいで、屋台の店や、家族づれで盛り上がっていた。

それから少子高齢化が進み、それに伴い町並みは廃れて、商店街は高齢化と後継者不在の中、廃業や、店を閉めたままの、いわゆるシャッター通りと化した。

その背景には、大手ショッピングセンターの台頭やコンビニエンスストアの増加。
インターネットで済ませる買い物、車で郊外のショッピングセンターで親から子供までが楽しめて食事も安価にできる施設の充実があった。

これらに有効な対策を打てずに、商店街はゆっくり廃れていった。

寂しいかぎりだが、それなりに良い時期も経験しているのだから、栄枯盛衰ということか。

いったい誰のための祭りで、何のための町おこしなのか、今後ますます人口が減り、自治体の合併統合が始まる。
自分の世代が出生率を下げている。景気が悪くなり子育てに希望や展望を見いだせずに共働きが増えた。年金を払っても受給できるか分からない不安もある。

柏のそごう閉店は、今後回復することのない少子高齢化と、デパートで高級品を求める団塊の世代の終焉を表す象徴的出来事で、とてもショックだった。

テレビの衰退。若者のテレビ離れ。お茶の間は無くなり、家族は個別にネットやゲームをする。音楽の多様化でベストテンがテレビから消えて何十年経っただろう。
スポンサーの広告費はインターネットの広告に金額で抜かれた。
結果、テレビの質は落ちて番組は下請けに丸投げされることがほとんどになった。
ある放送製作会社が、キー局のワイドショーを製作している。チャンネルを変えてもおんなじ制作会社のテレビ番組。報道番組の枠ではないため、倫理規定が曖昧だ。
小池都知事就任後初登庁時に自民党に挨拶に行ったら握手を拒否された映像が繰り返し流れて、自民党は悪いやつだ、大人気ない、都知事をいじめるな、自民党はとんでもない悪代官という趣旨の報道がされた。
実際は握手はしていた。
繰り返し何度もカメラの前で握手をさせられて、もういいと断ったところだけを編集し、しなかったことになった。
偏向し、印象操作される。繰り返し各局で同じ切り口での番組が続く。

本来テレビは放送法で中立でなければならないとされている。電波は限りある資源で一部の主張だけがされてはならないから。

新聞には中立性は求められない、読売もあれば朝日もあり、赤旗もあり聖教新聞もある。出版は自由。誰でも参加できるから。購入の自由もある。

一部の制作会社は何の目的でそのようなことをしているのか。

あさチャン
ビビット
ひるおび
サンデーモーニング
グッデイ
ノンストップ
めざましテレビ
とくダネ
モーニングショー
スーパーJチャンネル

月曜の朝、にわか雨、蒸し暑く気分は暗い。

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